「危機」は美しい言葉


「日本語の「危機」は美しい言葉です。」


そんなこと言われてもピンときませんよ。
第一、そんなこと、未だかつて思ったこともない。
「危機」は「危機」
美しいどころか、ドロドロのギリギリ。
崖っぷち、のるかそるか、キケン極まりない

そんなダークなイメージしかなかったのが「危機」


だけど、新聞のコラムで、アルフォンス・デーケンの記事を読んで、グっと、いやグサっときた。

(25日付け、朝日新聞夕刊。詳しくは「ひとりごと」に書きました)

新聞の見出しは「死は心で理解するもの」だったんだけど、それ以上に、「中年期は危機の時代で、人生の見直しの時期」からのくだりにとってもヤラレタ。


人は自分のほしい言葉を選ぶ。
人は自分の選んだもので出来ている。
人は・・・・支えあって生きるのだよ。


私はだれかに支えられている。
私はだれかを支えている。

「危機」もそれを思い出させてくれる言葉・・・なのかも。